去る者追わず来るもの拒まず

「去る者は追わず来るものは拒まず」と言っても良いが、ただカッコつけたいだけなら、大きな間違いです。
今の時代は間違えば「パワハラ」で訴えられる危険性もあるから気をつけよう!
【去る者を応援して手を組む、来るものは育てる】がベスト。

去る者は追わず来るものは拒まず【言葉の出どころ】

来るもの拒まず、去る者追わずというのが正しい言い方のようです

孟子の尽心章句(じんしんしょうく)下の言葉で
原文は、往者不追、來者不距(往く者は追わず、来る者は拒まず)

下記を参照にしてください

前略=
孟子「余が教科を立てて弟子を取るにおいては、『往(さ)る者は追わず、来る者は距(こば)まず』の姿勢でやっている。いやしくも君子になろうという志を持って余の下に来ている者たちならば、受け入れているのだ。(だからひょっとしたら不届者がいたかもしれないが、私ども全体をけなすのはやめていただきたい。)」

引用:我読孟子

自分から離れて行こうとするものは、その意思に任せて、強いて引き留めない、心を寄せて近づいて来るものは、どんな者でも受け入れる、という意味です。

「過ぎ去ったことを、くよくよ考えるよりも、今ここに与えられたものを大切にしたほうがよい」 という意味が奥深くにあると思います

昔はカッコイイ言葉だなあ~とは思っていたな

ドラマや映画でも
高倉健とか石原裕次郎が言ったかどうかわからないけど
イケメンの俳優が「去る者は追わず来るものは拒まず」と言うと
メッチャ決まってましたよね

そのカッコよさを真似るためだけに
座右の銘ではないけれど、根拠のない信念のような意味合いで
自分のふるまいの事などお構いなしで
自分のもとから去っていく人に言っていた気がします

女から逃げられたにもかかわらず
あたかも「自分の良さをわからない女だがいつか気がつく時がくるだろう」的な
あくまでも「逃げられた」とは認めない負け惜しみ見たな使い方でした

今でもそういう使い方している人はいますね

ただ
昔の人が全部そういう間違った使い方かと言うとそれは違います
孟子の言葉を正しく理解して使っている人もいたと思います

去る者は追わず来るものは拒まず【最近の使い方は】

最近と言うか今でも使われている言葉ですね

ただ
最近は恋愛での心理や性格を対象とした時に使われやすいですね
それは
「去る者は追わず来るものは拒まず」をググると
ほとんどが恋愛関係の心理の指南書的なサイトがでてきます

昔も先ほど書いた通り恋愛がらみで使っていましたが
「去る者は追わず来るものは拒まず」と言った人よりも
言われた人の方が色々考えこむようです

彼氏と別れる話になり彼から「去る者は追わず来るものは拒まず」と言われた
「本当は私は別れたくないのに彼は私のこと愛していなかったのか?」

そこで彼女は彼の分析を始めてしまう・・・

〇 気が弱い性格なのに強がりだけは言う
〇 嫌われるのが怖いから自分の気持ちを誤魔化している
それとは逆に
〇 二人の関係がめんどくさくなってきたのか?
〇 私が精神的にも時間的にも束縛してしまったのか?
〇 私があれこれと主張しすぎたのか?
もしかして
〇 付き合っていたのはうわべだけで本気でなかったのか?
〇 別に好きな女がいるのか?
〇 そもそも女を舐めているのか?
結局のところ
〇 男として駄目人間、その前に人として駄目

という分析になります

実はこれは大正解の分析結果です

つまり例として
恋愛関係の話をしましたが
人間関係全般で「去る者は追わず来るものは拒まず」と言う人の
心理と言うか性格なのです。男、女に関係なくです

まとめると

✅ 自分の弱さを見せたくない、自分に自信がない、嫌わるのが怖い
【去勢を張る人に多い】

✅ 相手にどう思われようがあまり気にしない
【自分中心、自己中の人に多い】

✅ こだわりがなく、物事に本気で取り組まない
【優柔不断な人に多い】

✅ 男らしくない、女らしくない
【信念のない駄目人間】

とまあ、かなりのダメダメ人間の性格になってしまいますが
冒頭にも述べたように
「去る者は追わず来るものは拒まず」の
本来の意味とは違う使い方をしている人です

孟子の言葉の深いところにある意味
「過ぎ去ったことを、くよくよ考えるよりも、今ここに与えられたものを大切にしたほうがよい」の部分が完全に抜け落ちています

それを踏まえたうえで
「去る者は追わず来るものは拒まず」と言った人は
自分のもとから去られた人です
「表面で強がりを言っているけど内心はなんで?」という人の方が普通です
それは
自分なりに一生懸命その人のために尽くしたんだけど
何か自分に足りないものがあったのか?
ただ去っていった人だけの問題なのか?
いずれにせよ反省すべき点は反省して精進して今以上に尽くそう!
そして去っていた人も何処かで幸せでいることを祈ろう!
と言うのが正しいかと思います

しかし
それでもまだカッコつけていますよね
「去る者は追わず来るものは拒まず」を表面で強がり言っただけ・・・
そう思っている限り、自分が弱いと言っていますね
そういった弱さが相手には不快なのかもしれませんよ

昔はカッコイイ言葉で終わりだったのですが
最近は「去る者は追わず来るものは拒まず」と言って時点でアウトですね
「あんたの出来が悪いから去っていくのに、追うとか追わないとか・・・」
ある意味「パワハラ」とも捉えられかねません

去る者は追わず来るものは拒まず【今後は】

少し大げさに「パワハラ」なんて書きましたが
最近は特に軽々に
「去る者は追わず来るものは拒まず」は言わない方が良いかも知れませんね

恋愛問題はとりあえず置いときましょう

私は中華料理の職人でしたが自営して失敗もしました
店が閉店すると、またどこかで雇われて働かないと食っていけませんね
年齢的にもまだ雇ってくれるところは多くありました
「手に職」があればなんとかなるとも思っていたのですが
実は年齢と共に厳しくなっていくし
飲食業界に職人がどんだけ必要か?という時代にも突入し始めたころでした

あるラーメン店に面接に行ったときに
「当店は面接を3回以上納得のいくまでやります」と言うお店でした
雇うにしろ雇わないにしろ即決はしないで納得がいくまで面接するというのです
「来るものは最初は拒みます、だから徹底的に面接します」
とまで言っていました
つまり
数時間だけ面接してもどのような人なのかわからないし
お店のこともわかってもらえないという考えでした
そうすることで店をやめていく人は少なくななったそうです
それでも
色々な事情でやめていく人はいますが
その時は心から
「去る者は追わず来るものは拒まず」と思えたそうです

これからの時代も雇用する側される側と言う構図はあり続けますが
その会社で身に着けたことを活かして起業したいという人も増えます
今でも勿論そうなのですがこれから先の時代はもっと増えます
それは
会社も優秀な人材が必要で会社を育てていく人材が不可欠ですが
ドンドン優秀な人材を入れ替えて循環させることも必要です
その時に
起業したい人を応援出来る企業であるべきですね
この会社から起業する人材が外でも活躍すれば良い関係は保てます
会社のアピールにもなるしドンドン優秀な人材が集まります
つまりは
会社にとって「去る者は追わず来るものは拒まず」はもう古いですね
逆に「去る者を応援して手を組む、来るものを育てる」
と言う循環のシステムが必要だと思います

去る者は追わず来るものは拒まず【ことわざも捉え方】

ことわざも日本古来のもの中国からのもの世界中にあります
深い意味があるから、ことわざになるのですが
時代と共に意味と言うか使い方、捉え方は変わってきますね

今回の「去る者は追わず来るものは拒まず」も
時代と共に捉え方が違ってきていることわざだと思います

捉え方が違ってくれば使い方も違ってきます

間違ってもカッコつけるだけで言う「ことわざ」ではありません

特に【上から目線】は最も駄目です
上司だからとか年上だから【上から目線?】と言う時代ではないですね
上司や年上で経験値がある人でも死ぬまで学習するのが人間です
そして
ある程度の地位になれば人を育てるのも仕事ですね
人それぞれ性格は違いますが、それはその人の個性ですから
教育するときに相手に対して愛情が無ければ学ぶ人も去っていきます
ガッツリ上から目線より教えることによって学ぶ(得る)ことも多いものです

自分のもとを去る人を応援できるようにしたいものです

最後にまとめ

「去る者は追わず来るものは拒まず」には必ず自分と相手がいます

人間関係の大切なことを教えてくれる、ことわざだと思います

老若男女、すべての人がかかわる言葉でもあります

もし今、少しでも人間関係で悩んでいる人がいるのなら
「去る者は追わず来るものは拒まず」を
じっくりと考えて見ると良いかもしれません