おっくう

人間は生きているから、しんどい時もあれば辛い時も多くあります
そういう時に「今日は何をするのも億劫だ」と思います
億劫な時でも作業しないとけない時が多いのも事実です
しかし、気持ちが低迷しているときの作業パフォーマンスは低下します
では、どうするのが良いのか?を考えましょう

億劫だと感じる時はどんな時なのか?をちゃんと知る必要がある

人生は生きているから億劫だと感じるわけで生きている証拠でもあるのですが
先ず
体調があんまり良くない時に億劫になります

風邪気味だとか鼻炎が今日は酷いとか頭痛だとか…
これも生きているから大した病気でないけど体調が悪い時はあります

重要なのはなぜ体調が悪いか?です
体調が悪い原因がハッキリわかっている場合

例えば
夕べ会社の飲み会で深酒をしたから二日酔いで体調が悪い
最近仕事が忙しくて寝不足で体調がすぐれない
友人が風邪をひいてもしかしたらうつされたのではないか?
最近朝は低血圧でいつも頭痛がする
などなど
ある程度原因が分かれば
その日は我慢して早めに就寝するとか
風邪の症状でヤバければこれは病院へ行き治療するのが賢明です

その他に
精神的な低迷で何をするにも億劫になる時です
これも原因はあると思うのですが
例えば
● 大事にしていた一眼レフが壊れてしまった
● 長年付き合ってきた恋人と別れた、フラれた
● 親が亡くなった、親友が亡くなった
などなど
物理的なことから精神的に落ち込む時は億劫になりがちです

億劫になるときには必ず原因があるはずです

少し厄介なのが「精神的ダメージで解決に時間がかかる事」です
自分の身辺の誰かが亡くなるとダメージが大きいですね
しかし「死」は誰しも必ず死にます
その部分は分かっていても辛い思いが少し和らぐまでには時間がかかります

ものが壊れたときなども修復可能のものなのか?買い替えられるものなのか?
などで解決の時間は変わりますが「お金」の問題でも変わります

いずれにせよ
時間が解決してくれる部分ではあります

ここでのポイント
【億劫になっても時間が解決して前に進める】

億劫とはそもそもどういう意味なのか?

「億劫(おっくう)」と言う言葉を使う時に
なんとなくジェネレーションギャップを感じてしまうのは私だけかもしれない
最近では
「メンドイ、ウザイ、ダルイ」などの方がピンと来るかもしれません
しかし
「億劫」を別の言葉に置き換えると
憂鬱、気持ちが晴れない、もやもやする、すっきりしない、消沈、など
精神的に低迷しているときになら若い人も使う気がする

つまり
突発的なウザいとかダルイとかメンドイ感じでなく
心の問題が根深い時の方が億劫が使われることが多いですね

そもそも「億劫」は仏教用語でもあります

これは結構有名なことで知っている人も多いと思いますが
「億劫」の「劫」は昔のインド語の「カルパ」漢字では「劫波」と書くそうです
略して「劫」で意味は「最長の時間の単位」です
どのぐらい最長かと言う部分ですが
「四十里の高さと広さの石に
天人の羽衣で100年に一度触れる摩擦で石に触れても消滅しない」
と言うようなことを言われているそうです
これらの言い伝えについては今回省きますが
磐石劫や芥子劫で検索すると詳細は知ることができます

劫に億がつくのですから
とてつも長い時間が「億劫」だということなのですが
その長い時間の意味の部分が「時間が長くかかるから、気持ちが乗らない」
「時間がかかるから面倒くさい」と言うことで
現在「億劫おっくう」と言う言葉が使われています

つまり
億劫と時間は切り離せないということです

もう少し言うと
少し体調が悪いとか作業そのものがやりたくない時に「億劫」は使えないですね

先ほど書いた精神的なダメージで回復や解決に時間がかかるときに
初めて「億劫」を使うべきだと考えます

ここでのポイント
【億劫は時間がとても長くかかる面倒な時に使う言葉】

億劫の長い時間の部分と生きる上での億劫を考えます

生きる上での億劫と言うのは少し変な捉え方ですが
人生はいろんなことが起きます
その色んなことは面倒なことの方が多いとも感じます

幸せと感じる時、喜びを感じる時より
辛いとか苦しいとかしんどい時の方が多いということです

億劫は長くかかる面倒な時と書きましたが
辛い苦しい、しんどいことが多い人生ですから人生は面倒なんです

つまり
生きていると面倒なこと、それは億劫なんですね

毎日が億劫だと思ったら
メンドイとかウザイ、ダルイという気持ちがあっても
億劫が普通の人生ですから問題なく行動に移せるはずです

もう少し言うと
億劫だから「生きるの止めた」とはなりません
億劫でも何とか乗り越えて生きるのが人生です

宇宙時間などと比べない人生が重要

億劫は恐ろしく長い時間だということで
果てが見えない時間だとか宇宙時間的な考え方もできます

何億光年なんて専門家は説明できるでしょうけど
普通の人達は歌の歌詞とか何かの比喩で使うくらいです

ここで言いたいのは
たまに
宇宙時間で現代の100年単位を語る人がいます
「何億光年の内の100年なんてとても短い時間」みたいな感じです
確かにそうかもしれませんが
人生100年時代だと言われている現代に生まれてその100年を生きてるのですから
何億光年分の100年と考えるのはある意味ナンセンスですね

歴史家や古代史、何万年前の歴史を研究されている人も
生きているのは現代です
現代を今生きているから過去を研究して未来を研究しているのだと思います

ただ
何億光年の内の100年だからあっという間の人生だと考えても悪くはありません
それは
「100年はあっという間だから日々1時間でも大切に一生懸命頑張ろう」
そう思うことが出来るからです
しかし
逆は駄目ですね
「100年なんてあっという間だから特に頑張らなくてもなんとなく生きる」
これが長い時間の意味の「億劫」が、本当に人生おっくうにしてしまいます

人生100年は終わってみて初めて長いか短いかが評価されるべきであって
生きている間に長い短いを考えない方が何事も億劫にならずに行動できます

ここでのポイント
【人生は億劫だから今をただひたすら頑張ることが出来る】

億劫だと感じたときに取るべき行動

億劫だと感じる時と言葉の意味が少し理解できたと思います

繰り返しになりますが
● 人生は億劫な日々で成り立っている
● その時間は今生きているから感じることである
● 100年時代と言われる現代の100年は人それぞれの億劫がある
● 100年が長いとか短いは今考えることでない
● 今を一生懸命頑張ればその結果として何らかの評価が現れる
などなど
億劫と感じるから人生を色々感じることができます

私の経験値から億劫になり何もかもできない状態に追い込まれたとき

【何もしないことです】

うん?と思われるかもしれませんが

億劫で何もかも手につかずに精神的に追い込まれたときは
何もしないで休憩しましょう

仕事が休めるのなら休んででも休憩するべきです

何もかも手につかないのですから
仕事もできない状態ではあると思います

そして最も重要なことは
休憩してあれこれ考えすぎないことです

考えるより思考停止しましょう

実はこれが難しいことですね

何もしないと余計にあれこれと考えてしましますからね

例えば
ブログを書いて仕事している人などは
ブログを書くのを止めて音楽を聴くとかです
こういう時に
スピリチャル本などは逆に読まない方が良い
テレビなども思考停止で見られるものなら良いですが
ドキュメント番組などは良くないですね

冒頭でも書きましたが億劫な時は精神的に低迷しているときです
肉体的なら特に問題なくその時の対処法で解決します

精神的に追い込まれているときの解決方法は時間です

時間をかけて何もしないことです

もちろん生きていかなければなりませんから
食事やできるなら少し気分転換で歩くとか散歩とかです
気持ちを先ずは落ち着けて休ませると
必ず何らかの解決方法が見えてきます
その後、少しずつ作業に変えていくことをお勧めします

この時に敢えて何もしない時間は長く感じるかもしれませんが
100年の人生では長くない時間です
むしろ必要不可欠な重要な時間だということを認識することです

ここでのポイント
【億劫な時に無理して行動しても良い結果はでない】
【少し休んでからまた取り組めば必ず前に進める】

最後にまとめ

億劫と言う言葉と時間がとても密接に関係しています

人生が100年時代だからこそ
生きている時間のその時の時間を考えることは必要です

億劫に感じる時は生きている時間をしっかりと考える時間でもあります

先ずは「なにがあってもとにかく生きる」と言うことが重要です